人生30過ぎてからでしょう。

好きな本、映画、日々考えていること、気の向くままに書きます。

東京マラソン2020 エリートレースのみ開催について

 

 僕が参加を予定していた3月1日行われる東京マラソン2020が、国内におけるウイルス感染拡大予防のため、エリートレースのみの開催となったことについて、ツイッターでいろいろ物申したのですが、ツイッターではうまく伝わらなかった部分もあったため、このブログでも再度物申したいと思います。

 

 まず始めに僕の自己紹介ですが、2013年の京都マラソンから本格的に市民マラソンレースに参加し始め、これまでに15以上のフルマラソンハーフマラソンの大会に参加している市民ランナーで、フルマラソンの自己ベストは3時間23分です。

 今回の東京マラソン財団のエリートレースのみ開催するという決定について、僕は二つ納得がいかないところがあります。

一つ目はなぜ完全中止ではないのかという点。

そもそも大会の規模を大幅に縮小しようという決断に至った理由は、国内におけるウイルス感染拡大予防のためのはずです。エリートランナーが走れば沿道に観客が集まることは必至、またこの時期にレースを行うことでエリートランナー自身の感染の可能性も高まります。東京マラソン財団の決定は、アスリートファーストではなくオリンピックファーストだと感じます。直ちに大会の完全中止、それが無理な場合は、沿道応援自粛の呼び掛け、テレビ中継の中止を行うべきだと思います。これがサッカーの試合であれば無観客試合などの措置が取れますがマラソンレースではどれだけ沿道応援の自粛を呼びかけても限界があると思います。テレビ中継は絶対中止。

はたして参加する200人のエリートランナーたちはこんな環境下のなかでも走りたいのでしょうか。アスリートファーストというのなら200人のランナーに対して参加の意思があるのかヒアリングを行った上で大会の実施を決定すべきだったと思います。

今大会は完全中止にして、ウイルス拡大が収束した後に、残り一枠を争うMGCのような選考会をもう一度行う、それが難しいのであれば前回のMGCの結果のみでオリンピック代表を決めるべきだと思います。

それでもどうしても3月1日行いたいのであれば、いっそ都内数か所のスポーツジムを借り切って、200人同時にランニングマシーンで42キロ走るのはいかがでしょうか。

 

二つ目に納得がいかない点は、大会が中止にならないのに僕が16,200円(参加料)を支払うことです。

これをツイッターでつぶやいた際、「ざまあみろ」とか、「たかが16,000円じゃん、お前相当貧乏なの?」とかたくさん返信をいただきましたが、一番多かったのは、「規約ちゃんと読めよ」というコメントでした。

返金について明記されているエントリー規約13条を熟読しましたが、大会が中止になった場合の返金の措置についてしか書かれていません。そこで電話で問い合わせをしたところ、そもそもの募集要項に基本的に参加料の返金はないと明記されており、エントリー規約13条に該当する大会中止の場合のみ返金があるという返答がありました。こうやって書いていてもよくわかりません笑

しかしここで僕が本当に言いたいことは、たくさんのレースを経験している市民ランナーにとって災害等で大会が中止になり、参加料の返金がないことは全然あるあるのことで、僕が憤っているのは大会は開催されるが、僕は走れない、なのに参加料を支払うという鬼のような仕打ちのことです。

2017年、参加を予定していた横浜マラソンが台風の影響で中止になりました。もちろん参加料は返金なし。当日の朝、窓から外を見ると小雨で、風もそんなに強くありませんでした。全然走れるやん。これまでもっとヤバい天候で走った大会いくらでもあるやんと思いながらもあきらめきれたのは大会そのものがないから。

しかし今回は来る3月1日に僕が走るはずだった大会が、規模を大幅に縮小した上でですが開催されます。このままいけばおそらくテレビ中継もされるでしょう。仕事も既に休みを取っています。暇です。当日僕はついテレビをつけてしまうでしょう。マラソン好きだから。どんなテンションでその中継を観ればよいのでしょうか。あっあの12キロ地点っていう看板に僕の16,200円が使われたのかしらん?とかそんな感じでしょうか。

いやいやこれがMGCみたいな選考大会ならなにも文句言いませんよ。でもこれは自分が参加するはずだった国内最大級の市民マラソン大会の話ですよ。

以下大会のテーマ(抜粋)

「健康のために走るという人もいれば、愛する人のために走るという人もいる。また自分の記録や限界をどれだけ超えられるかを楽しみに走る人や東京を楽しむ人もいる。そして、走る人を支える人と、応援する人がいる。『走ること』をいろんな形で楽しむ人たちがこの東京マラソンという場に集ってきます。Show Your Story」

いやいやこのままやったらオリンピックのための人しかいませんやん。

 

エリートしか走らなくていいって軽く差別された上で参加料だけ取られるってどんな仕打ちですか。

 今回の決定、一体誰が笑顔になるんですか。まぁ誰かが笑っているんでしょうね。

 こんだけ言うてても来年また16,200円くらい払って走るんでしょうね。

だって走るの大好きですもん。

 

 ことの発端は地元の図書館の広い自習室で受験勉強をしているときだったと記憶している。僕は苦手な生物の参考書を広げながら受験生を演じていた。室内に点在している利用者の背中のほとんどがモノトーンで、窓から見える景色も昨夜から降り続いている雪で白一色だった。黒いダウンを着た男が隣を横切った際、膨らんだカバンが卓上の消しゴムを掠め、床に落とした。僕はそれを拾おうとかがみ、視線を机の下に移したとき、鮮やかな赤が上下に揺らめくのを見た。女の真っ赤なパンプスだった。パンプスは女の呼吸と呼応するかのように一定のリズムで茶色い床に引き寄せられてはまた戻るという動作を繰り返し、その都度女の白いかかとが垣間見えた。上体を起こして足以外の女の情報を確認しようかどうか迷っていると、パンプスがころりと床に落ちた。女の足裏だけになった。もう女の他の情報なんてどうでもいいと思った直後、なんと女はむき出しになった足裏のつま先で反対側のパンプスを器用にはがし、もう一つ現れた足裏の中心を掻いたのである。僕は釘付けだった。全集中していた。

 パンプスと足裏の残像をぬぐい切れないまま帰宅した僕は、入浴の際、浴室に剃刀を持って入り、自分の足指の毛を全て処理し、浴槽につかった。入浴剤で白く濁ったお湯の表面から少しずつ自分の足を突き出すと自分のつま先ではなく女のつま先のような気がした。この爪にあの赤を塗ったら大変なことになる。だんだんと興奮してきた僕は、今度は足裏を見てみようと股を開くと、黒い毛がびっしりと付着したすねが顔を出して、あまりの女から男の落差で溺れそうになった。しかし火照った頭にはまだまだ昼間のパンプスと足裏が残っていて、浴槽から出、すねの毛を全剃りし、また浴槽に戻った。そしてこれでどうだと言わんばかりに湯船から片脚を突き上げると全くの男の脚ですっかり落胆した。しかしそれと同時に確信した。女の足なら僕にもある。僕の足を色鮮やかなパンプスやらミュールやらハイヒールにはめ込んだらどんな心持ちがするのだろう。浴槽の縁に乗っかっている可愛い足に僕は感謝した。

 それ以来僕は足のことを偏愛している。

 

散髪

高校生の時からずっと散髪をすることに抵抗がある。髪を短くするたびに悲しい気持ちになってきた。長髪の方が断然似合うと思うし、なんなら女の子みたいな髪型に憧れているのに、校則で仕方がなく散髪してきた。

30半ばのおっさんになった今、校則なんてもちろんないし、僕が髪を伸ばすことに誰も文句をいう権利なんてないはずなのに、まだ髪を伸ばせないでいる。最近また伸びてきて、そろそろ切らんといけんのかしらって毎日毎日鏡を見るたびに憂鬱になる。

なにが、誰が、怖くて伸ばせないのか。

もう20年くらい同じこと悩んでる。

そもそもなんで男は髪短くて、女は長いんじゃい。

なんで身体は男が大きくて、角ばっていて、なんで女は小さくて、丸いんじゃい。

僕も長くて、丸くて、小さい方がよかったな。

しかし今回も結局切るのかなぁ。もう大人なのに、自分の格好なんて自分で決められるはずなのに、また今回も結局切るんかしら。

切りたくないな。こんなに切りたくないのになんで切らんといけんのかな。別に切らんといけんことないのかな。

誰も僕のことそんなに気にしてないのはわかってるけど、僕の思考と身体が僕の命の全てやし、それ以外なんて全く関係ないといえばそうやし。

また明日になったらちょっと伸びてるやろな。切らんといけんのかな。切りたくないな。

 

子どもについて

35歳になりました。

34歳はたくさんがんばりました。

ヒゲ脱毛始めたし、料理始めたし、海外旅行したし、転職したし、ヒゲ脱毛始めたし。

35歳はもっとがんばろうと思います。

 

35歳になったので、子どものことを書こうと思います。

僕は子どもが大好きだけど、自分の子どもは欲しいと思いませんでした。

なぜかというと今の社会があんまりおもしろくないからです。

子どもはマジでゼロからスタートするので、つまらない社会に呼ばれたら一秒ごとにつまらない人間になっていくと思います。

でも社会の入れ物である地球は最高に好きです。

花とか山とか星とか女の人とか、本当に美しい。

単純にそれを見せてあげるだけ、子どもに地球短期留学をさせるくらいなら、こちらに呼び込んでもいい気がしますが、自分の命の後も生きるであろう命をこの時代に呼び込む覚悟は僕には持てませんでした。

 

それでも女の人にとって、自分のお腹に命を呼び込み、産み育てることは、男の僕には絶対にできない、人間の、生物の、最高におもしろい行動であるとするなら、そして自分の最高のパートナーがそれを望むなら、叶えてあげたいと思ってしまいます。

 

それでもし自分たちの子どもがこちらに来てしまったら、そりゃもう覚悟を決めて、自分たちが最高におもしろい人間になり、周りにもおもしろい人間を集め、つまらない人間を極力遠ざけ、美しい地球を存分に楽しむ方法を身につけてもらうしかありません。

 

こんなふうに書くと男の僕は子ども誕生について夢も希望もないように感じますが、

もし女の子が生まれたら、その子に自分を重ね、念願の女として生きる想像ができるかもしれないと思ったりもします。

それじゃもし男の子が生まれたら……それはまたそれでもっと地球を好きになると思います。

 

 

決戦~後編~

 

というわけでカウンセリング当日に初回のヒゲ脱毛を受けることになった僕。

 

待合では口元を赤くされている方やマスクで覆っていらっしゃる方を多く見かけました。複数ある施術室の扉の向こうではいったいどんな苦行が行われているのか。

答えでもない本当でもない信じてるのは胸のドキドキ胸のドキドキだけという気分でそのときを待ちました。

廊下の奥から小柄な看護師さんが現れました。

「8番。○○さん。こちらへお入りください」

番号があるのに結局名前呼ぶんかいと思いながら、その看護師さんの後について施術室に入りました。

「お荷物どうぞそちらのカゴに入れてください。あっ同じカバンだ。私その白持ってますよ」

そんな看護師さんのアイスブレイク的な言葉も全く耳に入らないまま、僕は靴を脱いで施術台に仰向けになりました。

天井の照明がやけに眩しかったことと何だかオリエンタルなBGMがかかっていたことを記憶しております。

「看護師の○○と申します。脱毛は初めてですか?」

「はい」

「緊張してますよね。大丈夫ですよ。時間はたっぷりありますから。しっかり麻酔を使いながらやっていきましょう」

看護師さんはマスクをされていましたが、そのやさしさ溢れる眼差しとお言葉に追加料金をペイペイしたくなりました。

脱毛器や麻酔器の説明があり、いよいよ笑気麻酔と呼ばれるものが鼻に当てがわれました。

「鼻でゆっくり深呼吸してください。少しずつふわふわした感じがしてきますから。お酒で酔ったような感じですかね。手足がしびれるような感覚にもなりますがそれは麻酔が効いている証拠なので問題ないですよ」

藁にもすがる思いで鼻呼吸を繰り返しました。しかし意識はクリアなまま。

「どうですか?」

「特に……」

「お酒は強いほうですか? 麻酔が効きすぎると、施術台からずり落ちそうな感覚になる人もいるんですが。少し濃度を上げましょうか?」

「はい……」

機械のモーター音が上がり、鼻に取り付けられた器具から出てくる気体の量がぐんと増えました。

あら? なんか浮かんでるような。酔っぱらってるような。春はあけぼのてきな。

「どうですか?」

「いい感じです……」

「じゃあこの濃度で進め行きますね」

「はい」

ふわふわと水の上に浮いているような気分の中、看護師さんが何やら準備を進める音が聞こえます。

「どうしてヒゲ脱毛しようと思われたんですか?」

ここでお姉さんからまさかのクリティカルな質問。

僕はこのお姉さんになら本当のことを、ずっと女の子に憧れていたことについて話をしてみたいと思ったのですが、ちゃんと答えようとすると意識が戻ってきて、意識を戻してしまうと、この後の痛みがひどくなるんじゃないかとかそんなことを考えながら、

「ヒゲが……」

「ヒゲが?」

「キライ」

とだけ答えました。

お姉さんは僕の小学生みたいな返答を笑顔でのみ込むと「そうですか。じゃあ頑張ってすっかりキレイにしましょうね」と言いました。黒衣の天使だと思いました。

 

「はじめはアゴまわりからいきますね」

ついにレーザー照射のときがやってきました。

冷たいジェルを塗りたくられて、レジのバーコードをスキャンするピッみたいな奴をお姉さんは僕のアゴまわりに押し当ててきました。

なんだかじわーんと熱を感じた後に、

「ピピピ」と音がしました。

え? やったの? 全然痛くないじゃん。

そう思ったのもつかの間、機械がアゴ先に近づくにつれて、

「ピピピピ」

いた! え? 痛い痛い! 痛いよ!

打撃系の痛みと燃焼系の痛みが交互にやってきやがる。

ビンタされたあとにすぐぎゅっとつねられる感じ。

それがめちゃ細かく連続でくる感じでした。

「あと一往復で終わりですよ」

やだー。「ピピピ」 ぎゃー。

その後、頬や鼻下も同じ工程を繰り返しました。ちなみに鼻下がいちばん痛みが強かったです。

僕は脇汗びっしょりで、ずっと心の中でかんにんしてつかーさいって叫んでいました。

この苦行を乗り越えられたのも全て優しい看護師さんの声がけがあったからです。

「もうすぐ終わりますよ」「痛いですよね。頑張りましょう」

途中からお産をしているような気分になりました(すべてのお母さんすいません。もっと痛いですよね)

施術後、ほとんど涙目の僕は解放感と、ずっとコンプレックスだったヒゲに対して一矢報いることができた達成感とで何だか気分が高まってしまい、「○○さん。初めての脱毛が○○さんで本当によかったです。安心できました」と言うと、

「そんなこと言ってもらえてうれしいです。これで後一年はこの仕事続けられます」と看護師さんも涙目で仰ってくれました。そのまま二人で抜け出してタピりたくなりました。

 

受付で支払いを済ませて次回の予約を取りました。

予約はなんと二ヵ月先。毛周期の関係で施術間隔は8週から12週空けなければいけないとのことでした。しかも脱毛が完了するには2年から3年かかるとのこと。

 

おヒゲでお悩みの方、メールの返信とヒゲ脱毛は早ければ早いほどいいですよ!

 

決戦~前編~

 

穏やかじゃないタイトルで始まった今回のブログ。

 

そうです。

ついに念願のアイツとの戦いが始まったのです。

永い間、毎朝僕を苦しめ続けてきたアイツ。

正社員よりも一人前よりも、ただ美しくなりたい僕を散々悩ませてきたアイツ。

そうです。

ヒゲです。

ついに勇気と覚悟とお金を出してヒゲ脱毛に行ってきたんですよ!!

 

今度ちゃんとした仕事に就けたら初任給はヒゲ脱毛に使うんだって決めてたんです。

もう気づいたら34歳でした。でもやっと有言実行したんです。クリニックを出たとき、ヒリヒリするあごをさすりながら初めて自分で自分を褒めてあげたいと思いました。

 

ここ一か月、新しい仕事の業務を覚えるのはそっちのけでヒゲ脱毛クリニックの比較サイトばかり閲覧していました。

やはり気になるのは脱毛効果とお値段。いろんなクリニックがしのぎを削るなか、僕みたいなフェルメールブルーを彷彿とさせる青ヒゲ(悲しい!泣きたい!)の場合は、長期戦が見込まれるため、施術回数が多いほどお得になる『ゴリラクリニック』がよかろうと、名前はチョーいやでしたが(うさぎさんクリニックとかいちごみるくりっくとかがよかったな)、ゴリラクリニックさんにお世話になることに決めました。

 

初回カウンセリングの予約はメールで取りました。問い合わせ内容に対してとても丁寧な返答が帰ってきたので、ついお礼のメールを送信してしまったら、「ご丁寧に返信ありがとうございます」みたいな返事が来て、これラインとかでどっちが終わらせればいいかわからなくなって変なスタンプ送り合っちゃうやつじゃーんと思いました。ちなみに予約の段階で、カウンセリング当日に初回の施術を希望するか選べるんですが、まだいくらか不安があったのでカウンセリングのみを選びました。

 

決戦場は新宿のとあるビルの5階にありました。

さすが男性専門の美容クリニック。院内は黒を基調としていて、スタッフの方の制服も黒。なんだかダースベーダーとかバットマンとか、ダークヒーローに憧れている親戚のお兄さんの家に遊びにきたような雰囲気でした。

受付で名前を言うと、問診票を渡されました。口コミで受付のお姉さんがめちゃくちゃく可愛い的なコメントをたくさん見かけましたが、調子が良いときの僕とどっこいどっこいといった感じでした。

待合には平日の昼間なのにたくさんの患者さんたちがいました。大学生から会社の役員っぽい初老のおじさんまで年齢層はバラバラですが、みんな美意識高そうだぜ。

 

記入した問診票を受付に戻すとすぐに個室に呼ばれました。ギャルっぽい見た目のカウンセラーの方が現れて、資料とパソコンを使いながらヒゲ脱毛とはなんぞやということを丁寧に説明してくださります。

内容についてはHPに記載されていることと同じで、死ぬほど予習をしてきた僕にとっては「赤は止まれだよ」と言われている気分でした。

しかし女の人とこんなにヒゲについて語らうの初めての経験でした。カウンセラーの方はそう教育されているのか、終始僕のヒゲを見つめながら説明を続けました。「まぁ立派な青ヒゲですこと」でもなく、「はぁ薄汚いわぁ」でもなく、目の前で転んだ我が子の膝小僧にできたすり傷を見るような目で、ずっと僕のヒゲを見つめてくるのです。これがヒゲ脱毛カウンセリングの現場ではなく、初デートのカフェテラスだったら迷わずお茶を中断して、彼女にフォーナインズのサングラスを買い与えるでしょう。

あらかた説明が終わると彼女は席を外し、次に医師の方がこられて今度は脱毛のリスクについて説明があります。その時こられたのは僕と同じ歳くらいの男性の方でした。黒い服をお召しになられていたので全然医師感がない。そしてよくある壁に掲げられた医師免許がないので、全然医師感がない。まぁでも医師なんでしょう。

その後はまたカウンセラーの方とバトンタッチして料金の説明。どうします?やりますか?といったカウンセリングではなく、やるていで進めてくるカウンセリングでしたし、いろいろオプション(事前のピーリングとか術後のスキンケアとか)をゴリラ押しされましたが、嫌な先輩や友達からの誘いを断れるくらいNOが言える人なら全然断れるレベルのゴリラ押しだったと思います。

僕は元々契約することを決めてきていたので、後は初回の施術がいつになるかが気になっていました。予約が取りづらいという口コミは多数見かけていました。

「今日は料金を支払って、次回の予約を取る感じですか?」と伺うと、

「実はちょうどこの後の枠にキャンセルが出てすぐにでも初回の施術が受けられそうなんですがいかがですか? お支払いは施術後で結構ですので」とのこと。

やったー!なんて僕は運がいいんだー。やっぱり日頃の行いがものをいうなー。

でもなんか胡散臭いなー。痛みが強すぎて続けられなかったらどうしようかなぁとか悩んでたけど、やっちゃったらもうキャンセルできないじゃーん、でもやらないと痛み分らないじゃーん。

「ヒゲ剃ってきたばかりなんですけど大丈夫ですか?」

「赤くなっていないんで全然大丈夫ですよ。私も結構肌荒れひどい方で、ほらここなんか荒れてるんですけど、ガンガンレーザー当ててますし」と言いながら彼女は長い髪を掻き分けて少し肌荒れした白いうなじを見せつけてきたので、キィーとなった僕は施術を受けることにしたのでした。

 

次回、『決戦~後編~』、綺麗なバラには棘があるのさ、に続きます。

 

 

最後の晩餐

 

人生の転機は30代半ばで訪れるとか訪れないとか言いますが、先日走馬灯に出現レベルの衝撃的な晩餐があったのでご報告します。

 

以前ブログでも書きましたが、僕は高校卒業後吉本の養成所に通っていた時期があり、この度当時の同期メンバーと15年ぶりに集まって飲む機会が持てました。

 

雨の日の新宿のとある餃子屋に集まったのは僕を含めて三人。

一人は2年程でお笑いの世界に見切りをつけ、現在はバリバリの営業マンのK君。大阪で働くKの東京出張を機に、Kがこの席を企画してくれました。元々行動力がある奴。

もう一人は今でも養成所の頃と同じ相方とお笑いを続けているM君。売れてはいませんが隔週くらいで所属事務所のライブに出演し、賞レースにも欠かさず参加している、現役の芸人。

そしてお笑いはたった1年で諦めて、レールから外れている自分にひどく怯え、親に頭をさげ大学に入り、すねをかじりつくし、今度こそちゃんと働くと思いきや、就活途中で誤って村上春樹を読んでしまい、今度は小説家になると言い出し、仕事を転々と変えながら、うだつが上がらないを体現し続けている僕。

 

ひさしぶりやな

みんな全然変わらんな

M、まだお笑いやってるなんてほんま凄いわ

え? 子どもおるの? 大丈夫なん?

バイトでなんとかか……大変やな

K、家買ったん? そんな稼いでるん?

年収一千万くらい……そっか……

 

Kがソフトバンクの孫さんがどんだけ凄いかを語り出し、その後大阪と東京の風俗の違いを熱く説明し始めたあたりで、そろそろお開きかなぁと思っていましたが、Kが急に「○○って呼んだら来てくれへんかな?」と言い出しました。

○○は同期でめちゃくちゃ売れている芸人の一人。

そりゃ養成所の頃は友達やったけど、流石に来ないやろう。電話番号とかも変わってるんちゃうか。しかしKは迷わず電話をかけるとなんとすんなり出てくれて、ちょうど地方ロケからの帰りやから、一時間後には合流できるとのこと。

その後もKは新宿のハプニングバーの素晴しさを永延と語っていましたが、僕はハイボールをあおるばかり。何だか初恋の人と再会するような気持で○○を待っていました。

そしてついに到着した○○に小さな餃子屋は大パニック。周りの席の女子は握手を求めるし、店員さんは色紙を持ってくるし。

ようやく落ち着いた○○から驚愕の一言。

「○○②と○○③も声掛けといたで。後から来てくれるって」

○○②と○○③も同期のめちゃくちゃ売れてる二人。ちなみに僕は養成所在学中○○③とコンビでした。

ややあって○○③が来て、続いて○○②が来て。餃子屋がハチャメチャになったので、個室のある飲み屋に移動しました。

 

語り始めたらあっという間に15年前の六人に戻りました。

千日前のマクドで、ハンバーガーひとつ買って、水何杯もお代わりしながら夢語った15年前。オーキャットの広場でペットボトルをスタンドマイクに見立てておもんないネタ何回も練習したあの頃です。

みんなで売れたい売れたいって言ってて、15年後ほんまに売れた三人が目の前にいて、本当に不思議な気持ちになりました。

変わってないとは言いつつも、それぞれの15年が間違いなくそこにあって、あの頃はもちろん、今もみんなちゃんと戦っていました。いろんなもん手に入れて、いろんなもん失って、戦う相手変わったかもしれんけど、やっぱり戦い続けていました。

○○が僕に言いました。

「さるたこはいま何してるん?」

「小説家目指してる。ぜったい賞獲ったるねん」

僕は○○にこう答えながら本当に死にたくなりました。

だって結局書きたいことなんて何ひとつないんやもん。

お前らに負けるんがくやしいから、賞が獲りたいだけで、この数年くそおもんないことなんとか書いてただけやもん。そんなんで面白い小説書けるわけないって、途中からわかってきてたけど、夢追うのやめたら、ぜんぶぜんぶなしになってしまう気がして……

夢の現実と正面から戦っている奴らの前で、また口先だけのことを言ってしまって、一回死にました。

 

蘇ってようやく気がつきました。

みんな真剣に今と戦ってるのに、僕はずっと過去と戦っていたんやなぁと。

人間と戦わない奴に面白い小説は書けません。

この晩餐から、また新しい15年が始まりました。