人生30過ぎてからでしょう。

好きな本、映画、日々考えていること、気の向くままに書きます。

伝わる言葉

 

僕は病院で働いているので、今日と違う明日がいきなりやってきた人たちとよくお話をする。

 

なかでも脳の病気をした人たちは、言葉がうまく出せなくなっている人が多いから、そういう人たちとお話をすると、毎回泣きそうになる。

 

自分の思っていること、それをちゃんと理解して、それを言葉にして、相手に伝えるということがどれだけ価値のあることか、今日と同じ明日がまたやってくると思っている人たちにはよくわからない。

 

今日も40代のお仕事バリバリの男性が、半身の機能と言葉を失って僕の前に現れた。

「何か不安なことはありますか?」

「コドモ……」

そう言いながら、その人はたくさん涙を流した。

僕はちゃんと言葉を出せるはずなのに何も出てこない。言えるわけがない。

 

これまた脳の病気で入院して1ヵ月くらいリハビリをした50代の男性に、「今一番やりたいことは何ですか?」と聞いたら、

かあちゃんのメシ……」って笑いながら答えた。

あぁ女になりたいなと思った。

 

子どもの頃は、言葉の持ち合わせが少なくて、ずいぶんと泣いた。

今はあの頃よりもたくさん言葉を知っているはずなのに、まだ泣いている。

 

ダサくても、下手くそでも、伝わる言葉が、とにかく欲しい。

 

女装子歌劇団

 

新宿で女装子歌劇団の舞台を観てきました。

年明け一発目のブログで女装子歌劇団のことを書けるなんて今年はいい年になりそうです。

 

女装子歌劇団は『女の子クラブ』を運営する、くりこさんが立ち上げた30名の女装子からなるミュージカル劇団です。

歌劇団と聞くと、宝塚歌劇団を連想する方が多いかもしれませんが、僕みたいにいろいろと一回やり直した方がいい人間が聞くと、セガサターンの名作『サクラ大戦』の帝国歌劇団を思い出します。

中学生の時に『サクラ大戦』をプレイしながら、僕もいつか可愛い格好をして、人前で歌ったり踊ったりしてみたいなぁとか妄想していたんですが、女装子歌劇団の舞台を観ながら、あぁ僕のやりたかったことをまた先にやられてしまったなぁと思いました。

 

舞台に立っていた女装子の皆さんは、ほとんどがミュージカル未経験の方ばかりだそうで、それでも歌も踊りも演技もなかなかのものだったと思います。相当練習したんだろうと思います。物語も、テレビでよく見かけるオカマとかオネエの笑いを使えばもっと簡単にエンタメ作品を作れると思いますが、そういう笑いはほとんどなくて、真剣に死生観をテーマにした内容でした。

 

劇中歌のほとんどをメインで歌っていた、なおさんは本当に美しくてキュンとしちゃいました。素敵だったなぁ。クライマックスの独白のシーンでは、性別を超えた、腹がすわった人間だけが放つ美しさを感じました。こういう人になりたいと思える人に出会えて幸せでした。

 

それでも、彼女たちが本気でエンタメの世界で天下をとるつもりならまだまだ壁を乗り越えなきゃいけないんだろうなとも思いました。

日本の社会は本当に息が詰まるし、多様性なんて欧米に比べたら皆無同然だろうけど、とりわけエンタメの世界は、元から圧倒的に自由であるべきで、トランスジェンダーとか性同一性障害とかそういったタームは、逆に作り手と受け手の想像力を押し込めてしまう可能性もあるように感じます。

 

女装子さんたちしか見えない景色を、女装子という枠を超えて表現できたら、いろんなもんをぶっ飛ばすような作品ができるんじゃないかなぁとか考えました。

 

とかとか勝手に調子に乗っていろいろ書きましたが、要は女装子の皆さんに嫉妬しているだけなんです。

だってめちゃくちゃキラキラしていて、可愛かったんだもの。

 

 

『魔法にかけられて』

 

先日池袋の乙女ロードにある『魔法にかけられて』というお店に潜入してきました。

そもそも乙女ロードとは何ぞや。

乙女ロードは、女性向けのコミックスや関連商品を集めたお店、秋葉原でいうところのメイド喫茶の女子版「執事喫茶」等が軒を連ねる、まさにオタク女子たちの聖地なのです。

しかし東京は大抵の趣向に対する聖地が網羅されていますね。田舎で私のことなんて誰もわかってくれないって枕を濡らしてる女子。一回東京来い。そして己のしょうもなさに打ちひしがれればいいわ。そしてたくさん友達作ればいいわ。

 

さて、そんな乙女ロードの寂れたビルの地下にあるのが『魔法にかけられて』です。

お店のコンセプトは、呪いで女の子にされちゃった男の子がお出迎えするカフェバーとなっております。実際は呪われただけじゃ女の子にはなれないので、みんなお金稼いで、お金をかけて、女の子になってます。はい。

 

入り口につながる階段を降りていくと、店内から何やら野球の応援歌のようなものが聞こえてきて、野球にとことん興味のない僕は、心が折れそうになりましたが、意を決して扉を開くと、呪いで女の子にされた男に「入場は4500円です」と言われました。

どうやら僕の潜入した日は、キャストの誕生日パーティーの日で、店内は椅子が壁際に並べられ、真ん中のテーブルには大皿にお菓子や枝豆やらが盛られていて完全な立食パーティー状態でした。キャストは5名ほどで、他の客はほとんどが女子で、彼女たちは本日の主役キャストのファン的な感じで、まさにガンバのユニフォームを着て浦和側に座るようなものでした。

ハイボールを片手にリュックも降ろせない僕を見かねたキャストが声を掛けてきて「お兄さん若い頃のアレに似てるね。ほらアレ、よく言われるでしょ? アレ。今日は初めて? まさかテレビ見て来てくれた感じ? 嬉しいね。お兄さんも女装とかするの? ここはね、心は男のままで、コスプレ的に女装してるキャストがほとんどだから、新宿とかのお店とはちょっと違うのよね。お客さんも女の子が多くて、好きなキャスト目当てに通って来てくれる感じなの。今日はこんな感じだけど、いつもはもっとゆったりしてるから。とにかく楽しんでいってね」と話しながらパイの実を二つほどつまんで去っていきました。

しばらくして主役のキャストが拡声器を片手に店の真ん中に立つと「○○さんがシャンパン開けてくれました」と叫び、プラスチックのグラスで作った三段のタワーに少しずつシャンパンをついで、何だか野球の応援歌みたいなものを歌い出し、他のキャストも客の女の子たちも、拳を突き上げて何だか野球の応援歌みたいなものを歌い始めました。

僕はそのなんとも摩訶不思議な光景を眺めながら、この野球の応援歌みたいなものが呪文そのものであり、目の前で繰り広げられている騒ぎが一種の通過儀礼であることを悟りました。

僕の口が勝手にその歌を口ずさもうとしたその時、数少ない僕以外の男性客が話し掛けてきました。「君さ、どっかで会ってない? 先月のイベントかな? あれ? ちがうか。会ってないか。君も女装男子が好きなの?」「いえ。僕は自分が女装する方に興味がありまして」「そうなんだ。写真とかないの?」「ありません」「残念だなぁ。今度女装して来てよ」「そうですね。あなたは何で女装男子が好きなんですか?」「君さ、SM好きな人に何で好きって聞ける? 君も何で女装に興味あるかなんてわからないだろう。そんなの理由なんてないよ」

おじさんに圧倒的な正論を言われて、ようやく呪いが解けました。

 

ハッピーバースデイ マイセルフ

 

実は今日が33歳の誕生日で、ゾロ目だからなんだか良いことが起こりそうな年だから、抱負みたいなことを書き残してみる。

 

33歳こそは自分の言葉を見つけたい。

これまでは自分だけの伝えたいことを無理矢理探して掘り下げて、それを他人の言葉で伝えていたような気がする。

おそらく自分だけの伝えたいことなんてこれっぽちもなくて、僕だけが知ってる知識も、僕だけが経験したことも、僕だけが投げかけられた言葉なんかも、そんなもんなんてどこにもなくて、でも、僕の頭と心と体が、このときはとっても心地良いっていう瞬間はちゃんとあって、その時に僕から出てくる言葉たぶん、良い。

それは伝える内容とか、受け取る人の状況とは全く無関係で、間違いなく僕だけのための言葉。

 

心地良くて青空に昇っていくような僕の言葉に出会うには、誰よりも僕を好きになって僕自身を解放しないといけない。

33歳はそんなふうに自分を大切に大切にしたい。

 

 

スキじゃない

 

あなたにちゃんとスキって言えなかったのは

 

それこそが僕のいいところで あとはぜんぶ悪いところで

 

SNSを見るぶんには今のあなたはたぶん幸せだろうから

 

あなたがまちがいなく読まないこのブログで 

 

その安心感から あなたへの気持ちをいまさら書くのです

 

あなたとの仕事も あなたとのデートも あなたとのセックスも

 

どれをとっても僕にとってはドキドキの連続で

 

だってあなたのことを全然スキじゃなかったから

 

そんな僕になったのは初めてだったから そりゃもうびっくりしたのです

 

あなたは僕に ありがとうとか スキとか キライとか 死ねとか いろいろぶちまけてくれたけど

 

僕はあなたになんにも言えなかった それはつまり あなたは僕にはじめての気持ちをくれたのです

 

僕はあなたを笑わせるのも 悲しませるのも 泣かすのも ぜんぶ楽しかった

 

スキじゃなかったからこそ あなたの顔 髪 体 言葉 匂い 仕草 料理 ぜんぶをちゃんと味わうことができた

 

あなたと一緒に行った美術館 一緒に聞いた曲 一緒に読んだ本 だいたい覚えているよ

 

僕もそれなりに幸せになった今 こうやってあなたのことを思い出し キュンとしているんだけれども  

 

あなたにはそんな時間はあるのかな 

 

例えば赤ちゃんが寝た後に やっと本を読める時間ができて そういえばあいつも本がスキだったなとか そんなふうに僕のことを思い出す時間なんてあるのかな

 

別になくても全然いいんだけど 僕にはあるから こうやってブログに書いているのです

 

あなただけにもらったこの気持ちをどうにか言葉にしようと 遠く遠く あなたから離れたこの場所で 僕は生きていて あなたも生きていることが 本当に嬉しい

 

 

『女になる』 田中幸夫

 

本気の映画でした。

この映画のレビューは、中途半端な気持ちじゃ書けませんね。

がっかりさせない期待に応えて素敵に楽しいいつも俺らを捨てます。

 

ネタバレあり。

 

 

まずはあらすじ。

主人公の中川未悠さんは物心がついた頃から、自分にちんちんがついていることに違和感を抱いている男性。

気持ちも身体も本気でぶつかることができない恋愛を繰り返しながら、社会人になるまでには絶対に女になろうと着々と覚悟を決めていきます。

映画は大学2年生の彼女が性転換手術を受けるまでの半年間が描かれています。

映画的な演出や展開なんてほとんどありません。

男が女になる。それだけ。

 

 そもそも、男に生まれた人間が、女になるというのは、神様が決めたことにあらがうことであり、それはお金とか時間とかルールとかそういった細々した人知を飛び越える、つまりは他人や自分を殺めたりする行為くらい、人間の世界では異質な行いなのではないかとか僕なんかは思います。

 

僕も昔から自分の性別に違和感を抱いていて、隙あらば女になりたいとか思っていた人間ですが、僕の「女になりたい」と、未悠さんの「女になる」には、「あー明日会社行くのやだなぁ。マジこんな仕事続けるくらいなら死んだ方がマシやなぁ」と「いま死にます」くらい切迫感が違うのです。なんというか己の生に対する切実さが半端じゃない。

 

未悠さんは映画の中で、恋愛はつまるところセックスであり、自分の大好きな相手を満足させられないことが耐えられないと話します。

そんな彼女は物語の終盤で、6時間にも及ぶ手術を行い、ついに男性とセックスができる身体を手に入れます。

僕みたいなあまちゃんだと、映画の間中ずーっと未悠さんが可愛いくて可愛いくて、彼女の幼なじみも「未悠は男性の姿をしていた頃から女性にしか見えなかった」って言うくらい、それはもう女の子で、仕草とか目線とか話す言葉とかぜんぶ本当に可愛いくて、神様にあらがってまで、身体を女にする必要なんて全然ないじゃないかとか思ってしまうのですが、たぶんそんなのはあまちゃんで、もうぜんぶ飛び越えても好きな人とセックスしたいっていうのが、男と女の真なのかなとか、未悠さんのとびっきりの覚悟を見て、僕はそう感じました。

 

神様が未悠さんを男で作ったことは、未悠さんにとって本当に本当につらかったことかもしれませんが、なんせ可愛いかったぞ未悠さん!以上。

 

 

A half year has passed in Tokyo

30過ぎてから東京で暮らし始めてもうすぐ半年です。

いちばん何が変わったかと言うと、車を乗らなくなったので、いつでもどこでも酒ばっかり飲むようになりました。

あとは街でも仕事でも若い人をよく見かけるので、30過ぎたらオッサンなんだなって余計に身に染みます。

 

東京って冷たいところだとか良く言われますが、僕なんかはとても優しいところだと感じています。

夢を持ってキラキラしている人には、上には上がいることを突きつけてくれますし、自堕落な奴にとっては、さらに下がいることで、更生の機会を先延ばしにしてくれます。

どんな人がやってきても、求めさえすれば、何かしら与えてくれるのが東京だなぁと感じています。

 

でもそうすると、あくまで受け身な僕みたいな人間は東京にいる必要はないんです。

ただなんとなく時計の針が進むのを待って生きているような人間には東京はうるさすぎるし、せますぎる。

新しいファッション、芸能人、スポット、グルメ、言葉、マジでうるさい。

電車も、バスも、歩道も、オフェスも、カフェも、図書館も、全部せまいし、だいたい席埋まってるし、マジ居心地悪い。

 

でも、東京に来て良かったこともあります。

それは毎日あれこれ考えながら、仕事して、買い物して、恋して、ご飯食べて、夜は寝てって、そんな風に自分と同じように生きている人がちゃんとたくさんここにいることを知ったことです。

 

たぶん東京に来る前より、人間のことを好きになれたような気がします。

 

これからどれだけ僕は東京にいられるかわかりませんが、自分のこと、そして人間のことをもっと好きになりたいと思います。