人生30過ぎてからでしょう。

好きな本、映画、日々考えていること、気の向くままに書きます。

『乳と卵』 川上未映子

 

川上未映子、恐ろしい女である。

 

セカイとワタシの違和感を、自分だけの言葉で、カタチにした文句のつけようがない傑作である。

 

 

 

ネタバレあり。

 

 

 

 

この小説は、女が書いた女の小説である。

男である僕は、巻子とわたしの銭湯のシーンとか、わたしの生理の描写とか、緑子の女の大人のカラダになる葛藤とか、たいへん興味深く読んだ。

 

男が卒業アルバムを見ながら誰とヤリたいとか騒いでいる間に、女は生理を通して生命とか潮とか月と繋がり始めているのだから、そりゃ人生を惜しみなく楽しもうとするよね。

 

物語の終わりで、緑子は「ほんとうのことを言ってよ」と母である巻子に詰めよる。

おそらく緑子は自分が生まれなかった方がよかったと巻子に肯定してもらいたかったのだろう。

緑子は自分がヒトを産むことができるカラダになる前に、自分を全否定して、生きることの無意味さを証明したかったのだろう。

緑子のその思考こそ、実はほんとうのことなのだけれど、大人たちは、なんとか生き続けている日常のなかで、ほんとうに時々、楽しいとか美味しいとか悲しいとか嬉しいとか、そういった素敵なことが起こりうるから、それを経験して欲しくて、子供たちには、ほんとうのことを言わないんだけれども、それらも全部、女だからこそ、ここまでじっくりと、セカイのあれやこれやに面白味を抱くのであって、男である僕は、ほんとうに、生理とか、妊娠とか、お産とか、女だけのインシデントにひどく憧れてしまうのです。

 

夕涼み よくぞ男に 生まれけり

 

『女の子クラブ』

 

今週は新宿二丁目にある『女の子クラブ』に潜入してきました。

こんなふうに如何わしい催しやお店の潜入を続けていれば、潜入キャラが定着して、潜入捜査官と呼ばれ始めて、いつか西島秀俊さんとか伊藤英明さんみたいな素敵なバディができればいいなと思っています。

 

さて、『女の子クラブ』とは誰もが気軽に女装を楽しめちゃう新感覚コンセプトバーらしく、昇進して課長や部長になるよりも、女の子になりたいと常日頃から思っている僕にとっては、パーラダイスのようなお店で、可愛い「男の娘」のキャストさんもたくさんいらっしゃるらしく、とにかくずっとお邪魔したいと思っておりました。

そもそも女装とか男の娘とかニューハーフとかいろいろ名前はあるんですが、自分の性別に違和感を抱いている人が一体なにを求めているのか、そこのところは僕もよくわからなくて、例えば、単純に女の子になりたいのであれば、わかりやすくヒエラルキーの頂点に新垣結衣様を置かせていただくと、ヒゲとスネ毛まみれの僕は最下層で、その上に女装があって、さらにその上に男の娘がいて、またさらに上にニューハーフがいて、そこからすったもんだでガッキーになるということになりますが(なりません)、でもそんな単純なものでもないということは最近薄々わかってきまして、この世界の、この言葉にならないものを、肌で感じたく、今回潜入する運びと相なりました。

 

新宿二丁目は、ルミネの周辺や、歌舞伎町のような華やかな場所から徒歩15分ほど離れた場所にあり、それはそれは大変おぞましいところで、やたらと小さいサイズの服を召されたゴリゴリの男性たちが闊歩されていて、諸外国から来られたその筋の方もたくさんおられました。ゴミが散らかりカラスが蔓延る通りを進み、薄暗い路地に入ると、『女の子クラブ』が三階に入っているビルが見つかりました。そのときの僕の勇気はノミのように縮こまっていて、いったんあらよっとビルを素通りしてしまう始末でした。すると前から鬼のような図体の男性が、一人、また一人と現れてきて、僕は恐ろしくなって、来た道を戻りましたが、反対側からも、新たな鬼の大群が押し寄せてきたので、僕は逃げるようにビルの階段を駆け上がりました。そして呼吸を整え、顔を上げた先に『女の子クラブ』があったのです。お店に入るには、黒々とした重い扉を開けなければなりません。はたしてこんな臆病な僕に開けることが出来るのでしょうか。いや故郷の両親が汗水たらして僕を育てたのは、この扉を開けさせるためだったのでないか。逡巡したままビルの下を見ると狭い道路は無数の鬼で埋め尽くされていました。まさに地獄。時間は幾ばくもありません。僕は意を決して、扉を開けました。すると、なんということでしょう。可愛らしいピンク色のソファーがたくさん置かれた店内から、天女と見紛うほどの美しい男性が現れ、「いらっしゃいませ」と僕を招き入れてくれたのです。

 

天女は僕をカウンター席にいざないました。カウンターは6席ほどで、向こうからオッサン、女装オッサン、若い娘たちが二人、オッサン(僕)という並びでした。まだ開店して間もない時間帯だったようで、ソファー席はほとんど空席でした。BGMはまたしてもジュディマリでした。

「男性はチャージ3000円で、朝5時まで遊べます。向こうにある衣装とかウイッグとか全然使っていただいて結構です。今日は女装されますか?」と天女は殿方の話し方で言いました。「はい…できるならやりたいです」一週間ぶりに発話したかのようなか細さで僕は答えました。「まぁ飲みながら考えてください。テンション上がったらやっちゃいましょう。女装は初めてですか?」「あっ、あのう一度だけ…」「じゃあ自分でやれます? キャストがメイクするとメイク代で4000円かかっちゃうんですよ」「はぁ」「まぁ飲みながら考えてください。テンション上がったらガンガンやっちゃいましょう」

僕はこれまで飲みながらいろんなことを考えてきましたが、まさか自分が女装するか否かを飲みながら考えることになるとは思いも寄りませんでした。

「こんばんは!」突然、隣の娘①が話しかけてきました。こうした女性の社交性の高さに僕はいつだって畏怖の念を抱くのです。「今日はどうして来たんですか?」そしてこうやっていちばん説明しづらいことを簡単に尋ねてくる女性に憧れさえ感じてしまうのです。

僕は常套手段である質問返しを試みました。「あっ私たちはテレビでココ知って、可愛い男の人見れたら目の保養になるかなぁって思ってきたんです。ねー」「ねー」目の保養になるのは雄大な自然ばかりだと思っていた僕は、女性という生き物の好奇心の旺盛さに圧倒されました。「お兄さんも女装やったらどうですか? 似合いそう。ねー」「ねー」自分がまだこの世代からお兄さんとしてカテゴライズされることに安堵し、「そうですね」と頷いてしまいました。するとカウンターの向こうでお酒を作っていた天女が、「よっしゃ、やりますか。メイクどうされます?」と言い、娘たちを見ると「やるよねー」「ねー」と言うので、テンションガチ上げのつもりでガンガンやることにしました。

 

「じゃあまずこちらで顔を洗ってきてください」と通された所には、洗面台があり、洗顔料とT字カミソリとシェービングジェルが置かれていました。僕はそこで顔を洗い、憎きヒゲを根こそぎ剃り落としました。少し血が出ました。

カウンターやソファー席の奥にある化粧スペースに向かうと、天女が待ち構えていて「ここから好きな服を選んでください」と言いました。そこにはありとあらゆる女性の服が吊るされていました。「奥の方はコスプレっぽいやつが多いっすね」僕の唯一の個性が優柔不断な所なので、このままいくと日が暮れてしまうと思い、えいって手を伸ばした先のものにしようと、えいっと手を伸ばすと、奥の更衣室から頭にネットを被った梅沢富夫さんみたいな人が丁度出てきたので、手は梅沢富夫さんの肩に当たりました。「あっすいません」「いえいえ」

結局一生着ることがなかろうと、メイド服を選びました。梅沢富夫さんはあっという間に女性になって羽ばたいていきました。

 

天女にされるがままになっている間、いろんな話をしました。ひざを突き合わせて僕の顔を弄ぶ天女の真剣な顔は本当に美しくてドキドキしました。

「女装のいちばんの敵はヒゲなんですよね」「はぁ」「実はこれ舞台用のファンデーションなんですよ。これならばっちり消せますから」「お姉さん全然ヒゲないっすね」「あっ私? 私あれやってるんですよ。レーザー脱毛」「あれって痛いんですか?」「痛いっすよ。なんだろうな…輪ゴム全力で伸ばしてバチンって当てるのをヒゲ一本一本にやる感じっすね」僕はレーザー脱毛はやらないことにしました。

 

清楚なメイドに変身した私はカウンター席に戻りました。

「お兄さん可愛いー、あっお姉さんか」「横顔とかマジやばくない」「やばい」娘二人が私の顔を見るなり、褒め称えてくれましたが、それほどの代物ではないことは自分自身が重々感じておりました。ウイッグを被った時点では、あらやだ素敵かもと一瞬思いましたが、キャストの方々と比較すると雲泥の差、目の前の天女いたってはそれはもう殿上人でいらっしゃる。私は自暴自棄になり、娘たちからの問い掛けに饒舌になっておりました。

「なんで女装しようと思ったんですか?」「女の人が好きすぎて、女の人になりたいと思うようになったのよ」「好きなのはわかるけど、なりたいはよくわからないですね」「じゃあ、あなた好きな芸能人いる?」「綾野剛」「綾野剛のこと真剣に考えると、綾野剛になりたいって思うでしょ」「飛躍しすぎでしょ」「ウケるー」こんな小娘たちでは私の繊細な気持ちは理解できないと判断し、天女に助けを求めました。「お姉さんならわかりますよね。好きな女優さんとか見てると、その人みたいに綺麗になりたいとか思いますよね」「うーん。私は私の可愛いを突き詰められればいいかな」なぬー!なんて素敵なお言葉、あざますー!「じゃあお姉さん、もう一つ伺います。もしですよ、もしガッキーと一日デートできるとしたら、男か女どっちの姿で行きますか?」「ガッキーなら余裕で男でしょ」どういうこっちゃー!

「どっちの姿で行くとかマジウケるんだけど」と笑いながら娘たちはお会計を済ませ、「お姉さんまたねー」と帰っていきました。

気が付くと店内は、ほぼ満席で、男とか女とか女装とか男の娘とかそんな言葉では溢れてしまうような、なんというか欲望みたいなものたちがうごめいておりました。そこにはヒエラルキーなんて存在しなくてそれぞれの好きのかたちがあるだけでした。

終電の時間が近づいてきました。

つけまってどう外せばいいんだろう。

最後にそれだけ、天女さんに伺おうと思いました。

 

 

『あのこのあしうら写真展』

 

東京、東日本橋で開催された『あのこのあしうら写真展』なるものを観てきた。

 

東京に来て約4ヶ月、何ひとついいことなんてなかったけど、あのこのあしうらだけを集めた写真展を拝むことができる日がくるなんて、東京マジ半端ない、である。

 

「やばい星野源マジ最高なんだけど」って言うのと同じように、「やばいあしうらマジ最高なんだけど」って言えたらどんなに素敵だろうと思う。

 

そもそもの僕は足が大好きで、それがないとみんな生活できないはずなのに、臭いとか、こっちに向けないでとか、いつだって足は虐げられる存在で、胸とかお尻に比べてたいそう可哀想な扱われ方をしている部位なんだけれども、僕の足に対する偏愛をこれ以上言葉にしたら、ただでさえ少ない読者の方を手離すことになりかねないので、「足って結構素敵なかたちしてますよねー」で終わらせておきます。

 

『あのこのあしうら写真展』は、四畳半くらいのスペースに、3人の女の子の様々なシチュエーションのあしうら写真を100枚ほど並べた展覧会で、会場にかかってるBGMは何故かジュディマリでした。

 

入場前に何故か靴を脱がされて、足つぼマットを踏まされながら入場料を払いました。

僕が入ったときは、他に5人くらい男性の同志たちがいて、みうらじゅんさんよろしく「どうかされましたか?」って警察の方に職質されそうなビジュアルの方もいましたが、普通に合コンで現れたら、連絡先聞いちゃおうかしらと思うようなイケメン男性もいて、へーあしうら好きの殿方って結構おるんやねって、僕も胸を撫で下ろした次第でございます。

 

あしうらっていうのは、それだけで魅力的に写る代物ではなくて、セーラー服とあしうらとか、メイド服とあしうらとか、はたまたブランコとあしうらとか、助手席からのあしうらとか、様々な要素と相見えた上での芸術であることを撮影されたキャメラマンさんは重々承知の助で、僕なんかは一枚一枚に目をやりながら、心のなかで「あざますーー!」と叫んでおりました。

 

受付にはなんとそのキャメラマンさんがいらっしゃって、僕なんかよりも、もっと己の癖に対して誠実でいらっしゃる諸先輩方が、キャメラマンさんと「いやーほんとに奇跡のあしうらですね」等と、あしうら談義に興じておりました。

 

キャメラマンさんが、「実はもうすぐ、写真のモデルになった女の子がココに登場しますよ」なんて言うもんだから、諸先輩方は鼻をふがふがさせ始めて、僕なんか新参者は、やだー、こんな狭きところでモデルさんとキャメラマンさんと諸先輩方と一緒なんて、相当やだー、と思ったのですぐに靴を履いて、退散いたしました。

 

もしあのまま会場に残っていたら、僕は諸先輩方と共に、中島誠之助さんよろしく「いい仕事してますねー」とモデルさんのあしうらを眺めていたかもしれません。

 

僕が越してきたこの東京という街は、ともすると僕に「行けるところまで行こうか」と猿岩石さんみたいに誘いかけてくる街でございました。

あーおぞましい、それでいてなんと素晴らしい街でありましょうか。

 

女性のみなさん。何かと露出が多くなる夏、気をつけなはれや!

 

 

嘘みたいな一日

 

いつか人生のどこかで

エレベーターに閉じ込められたり

雪山で遭難したり

いけないことをして独房に入れられたり

そんなじっと一人で寂しさを耐えなきゃいけないときのために

思い出すたびにムフフとなる

嘘みたいな一日というのが僕にはあって

 

それは僕がNYの語学学校に通っていたときの話で

学生30人くらいでヤンキースの試合を観に行った一日で

一人ひっくり返るくらいキレイな日本人の女の子がいて

アメリカ人もブラジル人もフランス人も韓国人も

みんな彼女のとなりに座るのをねらっていて

スタジアムに着くなり椅子取りゲームのオリンピックになって

僕は僕でヤンキーススタジアムの二階席の傾斜があまりにも急で

脚を震わせながら「あわあわどこか空いてる席はないかしら」って必死になって探していたら

イギリス人もスペイン人もイタリア人も差し置いて

「さるたこ一!ここ!一緒に座ろー」ってその女の子に声かけられて

アメリカ人もブラジル人もフランス人も僕のことを殺すような目で見てきて

とにかく二人で座ったら

韓国人や中国人やロシア人やらそりゃもう取り囲まれて

緊張してホットドッグのケチャップとかボトボトこぼしてたら

「松井だ!ほら!松井だよ!」って彼女が僕の肩をたたいて

「え?なになに?なによ?」って股にホットドッグはさみながら

ナプキンでジーパンに付いたケチャップを拭いてたら

「ガズィラ――――――――!マツイ―――――――――!」ってアナウンスが流れて

会場がワーってなって

そしたらカキーンって大きな音がして

誰かが「シーヤー」って叫んで

ホットドッグのことなんか忘れて立ち上がったら

いきなり彼女が抱きついてきて

人生で初めて「ワーオ」って言っちゃって

恥ずかしくなってスタジアムの方を見たら

松井がたんたんとダイヤモンドを周っていました

 

おそらくこんな一日はもう僕には訪れないだろうし

今となってはあの日の出来事が本当に起こったかどうか確かめるすべもないけれど

目を閉じてあの日の断片をどこまでも細かく思い出していれば

どんな孤独な時間も幸福な気持ちでやり過ごすことができる

みなさんにもそんな一日があればいいなと思います

 

女の子になれない理由

ずっと女の子になりたいって思ってたけど、本当に女の子になれた暁には、実際に何をしたいかって考えると、例えば、アーバンリサーチの服とか、MHLの服とか着て、表参道を歩くとか、麻の部屋着で、髪の毛お団子頭にして、クウネルとか読みながら、日本酒に合うおつまみ作ったりとか、リスンのお香焚いて、ディプティックのキャンドル点けて、夜に瞑想するとか、いろいろ思い付くんだけど、どれも1人でやれることで、相手がいないのだ。

相手は男の子なのか、女の子なのか、そこんとこが、いちばん重要で、そこがはっきりしないから、僕の人生も、僕の小説も、突き抜けないのだ。

例えば相手が窪塚くんとか、長瀬くんなら、女の子になって一緒に池袋とか、江の島とか歩きたい。

相手が、池田エライザちゃんとか、井川遥さんとか、小林聡美さんとかなら、女の子になって、一緒にパンケーキ食べたり、ハイボール飲んだり、お花摘んだりしたい。

でも、窪塚くんも、長瀬くんも、エライザちゃんも、井川さんも、聡美さんも僕の日常には、ちっともいないのだ。

そう考えると、わざわざカクカクした骨とアオアオしたヒゲ隠してまで、女の子になる必要ないんじゃないのって思うから、僕の人生も、小説も、突き抜けないのだ。

いったいどうすればいいのだ。このままじゃなにひとつ面白くないことはわかっているんだけど、酒呑んで、コロコロしている間に月曜日が来てしまう。

いっそのこと妊娠できたら最高なんだけと、それだけは絶対できないから人生面白いんだな。

なれない。女の子にはどうしてもなれない。

 

『アリーキャット』 榊英雄

 

普段エンタメ系の映画はあまり観ないんですが、マジ最高でした。

この映画の何が素晴らしいかなんて、そんなもん窪塚洋介さんが素晴らしいのです。

僕はすっぽりDragon Ash世代なので、降谷さんの格好良さは重々承知の助ですが、窪塚さんの隣に立たされたら、誰だって引き立て役になってしまいます。タカとユージみたいにはいかないわけです。(このニッポンでたった一人だけ、TOKIOの長瀬くんだけは彼と互角に張り合います。この件に関しては後述します)

 

とにかくニッポンで今いちばん格好良いのは窪塚さんなのです。

彼の白くて細長い指に触れられたり、のら猫(アリーキャット)のような切れ長の目に見つめられることを想像するだけで、すってんころりんなわけです。

 

トーリーは、元ボクサーの窪塚さんと自動車整備士の降谷さんが、猫を介して知り合いになり、二人でシングルマザーの市川由衣さんを守っていく間に裏社会に巻き込まれていくというお話なんですが、とにかく男が拳を使って女を守る話なわけです。

 

昨今、ヱヴァンゲリヲン碇シンジくんとか、村上春樹先生のやれやれ男子とか、なんだか煮え切らない男子がニッポンカルチャーのヒーロー像を席巻してきましたが、やっぱりヒーローは拳で女の子を守らんといかんのです。

ヒーローが男らしいと、ボコボコにされた彼を、だいじょうぶ?と優しく介抱するヒロインの姿がなんと美しく映ることか。そしてそこで接吻でもしようものなら、その接吻はセックスへのトリガー的役割ではなく、身体やプライドに出来た傷口への包帯的な役割になるわけです。

 

そんな粋な物語の中で、今回窪塚さんが演じるヒーローはマジ半端ない。

若い頃の彼は、なんだか様子がおかしくて、危なっかしい感じが魅力的でしたが、年を重ねた彼は、さらにセクシーだくだくになっていました。斎藤工くんとかも確かにセクシーなんだけど、彼はまだセクシーだく、くらいで、この違い、わかるかなかわんねぇだろうな。

しかも今回の役は一度ボロボロになったことのある元ボクサーの役。一度負けたことのある人がもう一度戦うのは本当にきついですよね。

社会には、一度も戦わない人もいるし、一度も負けない人もいる。一度負けたらそれとずっと戦って生きてゆかなければならない、そんな誠実さが、窪塚さん独特の台詞回しに滲み出ていました。

はっとするような台詞がいくつもありましたよ本当に。

いやぁ彼の言葉は刹那的で、ひと言も聞き逃したくない気分にさせます。

 

そして僕のもう一人のヒーロー、TOKIOの長瀬くん。

みなさん、日曜日の『ごめん、愛してる』観ていますか?

はぁー、吉岡里帆ちゃんになって、ひざ枕してーなおい。

 

とにかく、ちゃんとした男は、ときには拳を使って女の子を守らんといかんのです。

 

すきになりたいひと

とっても素敵な人なのに、今はもう恋人じゃないからとか、もう私以外の別の人を好きになってるからとか、さらには子どもができて家庭があるからだとか、そんなことで、私の出会った素敵な人のことを語れないなんて、なんて悲しいことなんだ。

 

めちゃくちゃに傷つけられたり傷つけたりできる相手なんて、限られた人生のなかでそう簡単に出会えるものか。

 

私が出会ったすきなひとのことを語れないんだったら、全てのオトコとかオンナとか、そんなもんやめてしまえ。

 

よりを戻したいとか、また会いたいとか、そんなんじゃなくて、素敵なあなたと出会ったよろこびを私は伝えたいだけなのよ。