『ビオレタ』 寺地はるな

寺地さんとの出会いは、以前わたしが応募した文学賞の最終候補に彼女が選ばれていて、そのお名前と作品名がなんだかわたしの心をバイブレートして、なんとなく覚えていて、そしたら数カ月後、別の新人賞でなんと寺地さんが受賞していて、しかも違う作品で、そんな彼女にわたしの心はまたバイブレートして、やっぱり獲る人は獲るんや、彼女は獲って、わたしは獲られへん、心はバイブレートしても、わたしの携帯(ガラケー)はちっともバイブレートせーへん、編集者さんはいったい何をしてはるんやろか、応募原稿にジッカの番号でも書いてしもたんやろか、そもそも、出版社に原稿届いてないんちゃうやろか、偶然、思春期の娘さんがいる郵便局員さんが運転する便に当たって、わたしの原稿を見るなり、は? 新人賞? なに夢みたいなこと言うとんねん、こちとらこれからマイナンバーやら、年賀状やら死ぬほど忙しい日々が続くのに、家に帰ると娘に、臭い、臭い、ちょー臭い、お父さんの息とか靴下とかなんでそんなに臭いん? お父さんの身体んなか血じゃなくてドブ流れてるんちゃうん、いったいどんな仕組みになってんの? とか言われる始末なのに、何が新人賞やねん! みたいなこと言って、腹いせにいろんなフリーペーパーとかが置かれてる、ストリートにある棚みたいなところにわたしの原稿を置き去りにされてしもたんちゃうやろか、いったいぜんたい寺地さんとわたしの作品にはどんだけ差があるんよ! え? 一度見たろ、こうなったら一度読んでみたろ。

というわけで彼女の第四回ポプラ社小説新人賞受賞作『ビオレタ』を手に取ったわけです。

映画でも音楽でも小説でも、なんでもデビュー作というのはそのアーティストにとって特別なもののはず。だってその作品で、何者でもない自分が何者かに変わるわけです。

なんだってデビュー作が最強です。

宇多田ヒカルさんの『Automatic』なんて最強です。あれ以来みんな受話器を七回目のベルで取るようになりました。

パート2はいつだってパート1には勝てないのです。『ホームアローン』でも無理でした。あの『バックトゥーザフューチャー』でさえ無理でした。

唯一成功したのは、ウーピーゴールドバーグ主演の『天使にラブソングを』です。あれはまさかの若かりしき頃のローリンヒルを起用するという裏技と、なんか天使みたいなファルセットをかましてくる可愛い唇の黒人青年がいたからです。

話が少しずれましたが、とにかくデビュー作がいつだって最強なんです。

そう考えるとこの『ビオレタ』には寺地さんの全てが詰まっているわけです。

 

注 ここからネタバレありです。

 

『ビオレタ』は、突然婚約者に別れを告げられた主人公が、雑貨店の店主に拾われて、新しい自分の居場所を見つけていくといったストーリーです。

失恋ゆうもんは本当に身勝手で、振る方は次が見えてるからいいものの、振られる方はほんまにいきなり谷底に突き落とされるようなもので、そりゃあ落ち込んだり、拗ねたりするのはしょうがないんですが、この主人公の妙(たえ)ちゃんの拗ねようといったらほんまに最悪で、もしこんな友人がいたら、とにかく酔わせて眠らせて押入れに閉じ込めておくしかないなと思うような主人公なんですが、読み進めるにつれて、なんだか応援したくなってしまうのです。駅伝とかでゼッケンが剥がれている選手を応援してしまうアレと一緒です。

妙ちゃんを筆頭に、寺地さんの書くキャラクターはほんまに人間味があふれていて、ツカサ伯父さんとか、桃子さんとか魅力あふれる脇役がグレートなタイミングで現れてきて、本当に上手いなぁと。

以前なにかの雑誌で有名な作家さんが、結局小説とは人間を描くことみたいなことを言ってましたが、ほんまにその通りやなぁと。

寺地さんほんまにやりますわ。あっぱれ。寺地さん129点! わたし4点!

印象的なセリフもありました。

拗ねまくる妙ちゃんにお父さんが言ったセリフ。

「でも妙、強いっていうのは悩んだり迷ったりしないことじゃないよ。それはただの鈍感な人ですよ」

「強い」は「弱い」の対極じゃないよ。自分の弱さから目を逸らさないのが強いってことだよ。

拗ねてゆれゆれの妙ちゃんには、周りの人が「揺るぎない人」に映ります。

なんでみんなそんなに強いのか……と。

でも本当はその「揺るぎない人」も実はゆれゆれの連続で、でも立ち止まったときに周りのせいにするんじゃなくて、自分にベクトルを向け続けられる人なわけで。

寺地さんの本を読んで、賞を受賞できないことを、編集者さんや郵便局員さんのせいにしていた自分を押入れに閉じ込めたくなりました。

寺地さん、次回作も期待しております。デビュー作、軽く越えちゃってくださいね。