ことの発端は地元の図書館の広い自習室で受験勉強をしているときだったと記憶している。僕は苦手な生物の参考書を広げながら受験生を演じていた。室内に点在している利用者の背中のほとんどがモノトーンで、窓から見える景色も昨夜から降り続いている雪で白一色だった。黒いダウンを着た男が隣を横切った際、膨らんだカバンが卓上の消しゴムを掠め、床に落とした。僕はそれを拾おうとかがみ、視線を机の下に移したとき、鮮やかな赤が上下に揺らめくのを見た。女の真っ赤なパンプスだった。パンプスは女の呼吸と呼応するかのように一定のリズムで茶色い床に引き寄せられてはまた戻るという動作を繰り返し、その都度女の白いかかとが垣間見えた。上体を起こして足以外の女の情報を確認しようかどうか迷っていると、パンプスがころりと床に落ちた。女の足裏だけになった。もう女の他の情報なんてどうでもいいと思った直後、なんと女はむき出しになった足裏のつま先で反対側のパンプスを器用にはがし、もう一つ現れた足裏の中心を掻いたのである。僕は釘付けだった。全集中していた。

 パンプスと足裏の残像をぬぐい切れないまま帰宅した僕は、入浴の際、浴室に剃刀を持って入り、自分の足指の毛を全て処理し、浴槽につかった。入浴剤で白く濁ったお湯の表面から少しずつ自分の足を突き出すと自分のつま先ではなく女のつま先のような気がした。この爪にあの赤を塗ったら大変なことになる。だんだんと興奮してきた僕は、今度は足裏を見てみようと股を開くと、黒い毛がびっしりと付着したすねが顔を出して、あまりの女から男の落差で溺れそうになった。しかし火照った頭にはまだまだ昼間のパンプスと足裏が残っていて、浴槽から出、すねの毛を全剃りし、また浴槽に戻った。そしてこれでどうだと言わんばかりに湯船から片脚を突き上げると全くの男の脚ですっかり落胆した。しかしそれと同時に確信した。女の足なら僕にもある。僕の足を色鮮やかなパンプスやらミュールやらハイヒールにはめ込んだらどんな心持ちがするのだろう。浴槽の縁に乗っかっている可愛い足に僕は感謝した。

 それ以来僕は足のことを偏愛している。