読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

人生30過ぎてからでしょう。

好きな本、映画、日々考えていること、気の向くままに書きます。

イチ子の夜

 

今年の私のキーワードは『勇気』ということで、先日、人生初のおかまバーに潜入してきました。以下はそのお話。

 

店に入ると、背丈と肩幅からくらいしか男を感じさせない可愛い店員さんに、カウンター席を案内され、結構ガラガラなのに変なおじさんと変なおじさんの間に座らされた。

よく考えると、私も店員さんも変なおじさんだ。みんな変なおじさん。

左の変なおじさんは、常連風吹かしながら煮魚定食を食べていた。まぁ夕飯時だったから別にいいんだけど、バーで、しかも私にとっては人生初のおかまバーなのに、煮魚定食はないよね。しかも食べながらタバコ吸ってた。どっちかにせえよ。店員さんに「美味しい?」って聞かれて、「うん、美味しいよ。ゆなちゃんが作ったの?ってんなわけないか」って言って一人で笑った。カウンターの奥に目をやると、少しまともそうなおじさんがいて、包丁を握っていた。

右の変なおじさんは、女装してて、ゆなさんに「今日も制服で来たの」って言っていた。こういう店に女装してくることは『制服』でくるっていうみたいで、そういう業界用語を知れてやっぱり来てよかったなぁと思った。おじさんは自分のことをゆなさんに「イチ子ちゃん」って呼ばせていて、イチ子ちゃんとゆなさんの可愛い対決は、100対0でゆなさんの勝ちなんだけど、その差は地毛とウイッグの差とか、メイクの技術の差とかではない気がして、その差の謎を今夜解き明かしてやるぞって思った。

目の前の大きなテレビには、なんとか48のどれかのPVがエンドレスで流れていて、突然ゆなさんに「アイドル好き?」って聞かれて、「モー娘まででそれ以降はよく知りません」って答えたら、「お客さん、私と同世代かも」って言われて、ドキっとした。ゆなさんともっと話をしたかったけど、隣のイチ子が聞き耳を立てていたので、いったん止めて、頼んだお酒に手をのばした。ハイボールとミックスナッツはすぐになくなった。

「次なに飲もうかな」って呟いたイチ子のアクセントがあきらかに関西のそれだったので、「大阪の人ですか?」って話し掛けてしまった。イチ子は待ってましたって感じで「違うの神戸なの。あなたは大阪?」ってこっちに体ごと向けてきた。「違うんですけど、昔住んでたことがあって……」「どこ?」「阿倍野です」「阿倍野!」……正面から見たイチ子の顔は、ゆなさんと比べるといやはや1000対0で、「あんな、さっきお店の前で女の子がティッシュ配っててんけど、通り掛かる男みんなに配ってたのに、私には渡さなかってん。これって私が女の子に見えてるってことやんな」「そうですね」「どう? 私カワイイ?」って言うイチ子の鼻からは、鼻毛がわっさーって出ていた。1000対0。

ヒールを履き直していたのか、しゃがみながらカウンターから顔だけのぞかせて「なんか飲む?」って聞いてきたゆなさんを見て、あぁ可愛いなって思った。そして私もゆなさんみたいになれるんかなって、「ゆなさんのおすすめありますか?」って聞いてみたら、二番目に高い銘柄のウイスキーを勧められて、むむってなったけど、それを頼んだ。

「私、以前は数学の先生してたの」ってイチ子がさらっと言うもんだから、鼻毛だけじゃなくて顔全体をちゃんと見た。「先生ってな、生徒になめられたらおしまいやから、こういう気持ち、ずっと隠し続けて生きてきたの」って言うイチ子が急に愛おしく見えてきて、ずっとずっと隠し続けてきたんやから、鼻毛もちゃんと隠したらええのに、でもそんなんは大目に見たらなあかんかなって思った。

「あなたもこういう店に来るんやから、そうなんじゃないの?」

「え?」

私は助けを求めるみたいにゆなさんの方を見たけど、ゆなさんは左のおじさんにワカサギのから揚げをごり押していた。私はおそらくイチ子とはもう二度と会わないだろうから、昔から、ジャンプよりメンズノンノより夏目漱石より、セブンティーンやミーナを読むのが好きだったことを打ち明けた。イチ子は「わかる!わかる!」と言った。私はさらに池田エライザちゃんや井川遥さんになりたいとも語った。イチ子は「わかる!わかる!わかるわー」って鼻毛を揺らした。

同じような悩みを抱えて生きている人がたくさんいることは知っていたけど、その夜、私はそのことをちゃんと知った。だからどうするってことはまだわかんないけど、イチ子とゆなさんは私より可愛いとか美しいにずっと誠実で、はるかに自由だった。なんだかせつない夜だったけど、せつなさは人を美しくさせるんだって思った。