人生30過ぎてからでしょう。

好きな本、映画、日々考えていること、気の向くままに書きます。

『女の子クラブ』

 

今週は新宿二丁目にある『女の子クラブ』に潜入してきました。

こんなふうに如何わしい催しやお店の潜入を続けていれば、潜入キャラが定着して、潜入捜査官と呼ばれ始めて、いつか西島秀俊さんとか伊藤英明さんみたいな素敵なバディができればいいなと思っています。

 

さて、『女の子クラブ』とは誰もが気軽に女装を楽しめちゃう新感覚コンセプトバーらしく、昇進して課長や部長になるよりも、女の子になりたいと常日頃から思っている僕にとっては、パーラダイスのようなお店で、可愛い「男の娘」のキャストさんもたくさんいらっしゃるらしく、とにかくずっとお邪魔したいと思っておりました。

そもそも女装とか男の娘とかニューハーフとかいろいろ名前はあるんですが、自分の性別に違和感を抱いている人が一体なにを求めているのか、そこのところは僕もよくわからなくて、例えば、単純に女の子になりたいのであれば、わかりやすくヒエラルキーの頂点に新垣結衣様を置かせていただくと、ヒゲとスネ毛まみれの僕は最下層で、その上に女装があって、さらにその上に男の娘がいて、またさらに上にニューハーフがいて、そこからすったもんだでガッキーになるということになりますが(なりません)、でもそんな単純なものでもないということは最近薄々わかってきまして、この世界の、この言葉にならないものを、肌で感じたく、今回潜入する運びと相なりました。

 

新宿二丁目は、ルミネの周辺や、歌舞伎町のような華やかな場所から徒歩15分ほど離れた場所にあり、それはそれは大変おぞましいところで、やたらと小さいサイズの服を召されたゴリゴリの男性たちが闊歩されていて、諸外国から来られたその筋の方もたくさんおられました。ゴミが散らかりカラスが蔓延る通りを進み、薄暗い路地に入ると、『女の子クラブ』が三階に入っているビルが見つかりました。そのときの僕の勇気はノミのように縮こまっていて、いったんあらよっとビルを素通りしてしまう始末でした。すると前から鬼のような図体の男性が、一人、また一人と現れてきて、僕は恐ろしくなって、来た道を戻りましたが、反対側からも、新たな鬼の大群が押し寄せてきたので、僕は逃げるようにビルの階段を駆け上がりました。そして呼吸を整え、顔を上げた先に『女の子クラブ』があったのです。お店に入るには、黒々とした重い扉を開けなければなりません。はたしてこんな臆病な僕に開けることが出来るのでしょうか。いや故郷の両親が汗水たらして僕を育てたのは、この扉を開けさせるためだったのでないか。逡巡したままビルの下を見ると狭い道路は無数の鬼で埋め尽くされていました。まさに地獄。時間は幾ばくもありません。僕は意を決して、扉を開けました。すると、なんということでしょう。可愛らしいピンク色のソファーがたくさん置かれた店内から、天女と見紛うほどの美しい男性が現れ、「いらっしゃいませ」と僕を招き入れてくれたのです。

 

天女は僕をカウンター席にいざないました。カウンターは6席ほどで、向こうからオッサン、女装オッサン、若い娘たちが二人、オッサン(僕)という並びでした。まだ開店して間もない時間帯だったようで、ソファー席はほとんど空席でした。BGMはまたしてもジュディマリでした。

「男性はチャージ3000円で、朝5時まで遊べます。向こうにある衣装とかウイッグとか全然使っていただいて結構です。今日は女装されますか?」と天女は殿方の話し方で言いました。「はい…できるならやりたいです」一週間ぶりに発話したかのようなか細さで僕は答えました。「まぁ飲みながら考えてください。テンション上がったらやっちゃいましょう。女装は初めてですか?」「あっ、あのう一度だけ…」「じゃあ自分でやれます? キャストがメイクするとメイク代で4000円かかっちゃうんですよ」「はぁ」「まぁ飲みながら考えてください。テンション上がったらガンガンやっちゃいましょう」

僕はこれまで飲みながらいろんなことを考えてきましたが、まさか自分が女装するか否かを飲みながら考えることになるとは思いも寄りませんでした。

「こんばんは!」突然、隣の娘①が話しかけてきました。こうした女性の社交性の高さに僕はいつだって畏怖の念を抱くのです。「今日はどうして来たんですか?」そしてこうやっていちばん説明しづらいことを簡単に尋ねてくる女性に憧れさえ感じてしまうのです。

僕は常套手段である質問返しを試みました。「あっ私たちはテレビでココ知って、可愛い男の人見れたら目の保養になるかなぁって思ってきたんです。ねー」「ねー」目の保養になるのは雄大な自然ばかりだと思っていた僕は、女性という生き物の好奇心の旺盛さに圧倒されました。「お兄さんも女装やったらどうですか? 似合いそう。ねー」「ねー」自分がまだこの世代からお兄さんとしてカテゴライズされることに安堵し、「そうですね」と頷いてしまいました。するとカウンターの向こうでお酒を作っていた天女が、「よっしゃ、やりますか。メイクどうされます?」と言い、娘たちを見ると「やるよねー」「ねー」と言うので、テンションガチ上げのつもりでガンガンやることにしました。

 

「じゃあまずこちらで顔を洗ってきてください」と通された所には、洗面台があり、洗顔料とT字カミソリとシェービングジェルが置かれていました。僕はそこで顔を洗い、憎きヒゲを根こそぎ剃り落としました。少し血が出ました。

カウンターやソファー席の奥にある化粧スペースに向かうと、天女が待ち構えていて「ここから好きな服を選んでください」と言いました。そこにはありとあらゆる女性の服が吊るされていました。「奥の方はコスプレっぽいやつが多いっすね」僕の唯一の個性が優柔不断な所なので、このままいくと日が暮れてしまうと思い、えいって手を伸ばした先のものにしようと、えいっと手を伸ばすと、奥の更衣室から頭にネットを被った梅沢富夫さんみたいな人が丁度出てきたので、手は梅沢富夫さんの肩に当たりました。「あっすいません」「いえいえ」

結局一生着ることがなかろうと、メイド服を選びました。梅沢富夫さんはあっという間に女性になって羽ばたいていきました。

 

天女にされるがままになっている間、いろんな話をしました。ひざを突き合わせて僕の顔を弄ぶ天女の真剣な顔は本当に美しくてドキドキしました。

「女装のいちばんの敵はヒゲなんですよね」「はぁ」「実はこれ舞台用のファンデーションなんですよ。これならばっちり消せますから」「お姉さん全然ヒゲないっすね」「あっ私? 私あれやってるんですよ。レーザー脱毛」「あれって痛いんですか?」「痛いっすよ。なんだろうな…輪ゴム全力で伸ばしてバチンって当てるのをヒゲ一本一本にやる感じっすね」僕はレーザー脱毛はやらないことにしました。

 

清楚なメイドに変身した私はカウンター席に戻りました。

「お兄さん可愛いー、あっお姉さんか」「横顔とかマジやばくない」「やばい」娘二人が私の顔を見るなり、褒め称えてくれましたが、それほどの代物ではないことは自分自身が重々感じておりました。ウイッグを被った時点では、あらやだ素敵かもと一瞬思いましたが、キャストの方々と比較すると雲泥の差、目の前の天女いたってはそれはもう殿上人でいらっしゃる。私は自暴自棄になり、娘たちからの問い掛けに饒舌になっておりました。

「なんで女装しようと思ったんですか?」「女の人が好きすぎて、女の人になりたいと思うようになったのよ」「好きなのはわかるけど、なりたいはよくわからないですね」「じゃあ、あなた好きな芸能人いる?」「綾野剛」「綾野剛のこと真剣に考えると、綾野剛になりたいって思うでしょ」「飛躍しすぎでしょ」「ウケるー」こんな小娘たちでは私の繊細な気持ちは理解できないと判断し、天女に助けを求めました。「お姉さんならわかりますよね。好きな女優さんとか見てると、その人みたいに綺麗になりたいとか思いますよね」「うーん。私は私の可愛いを突き詰められればいいかな」なぬー!なんて素敵なお言葉、あざますー!「じゃあお姉さん、もう一つ伺います。もしですよ、もしガッキーと一日デートできるとしたら、男か女どっちの姿で行きますか?」「ガッキーなら余裕で男でしょ」どういうこっちゃー!

「どっちの姿で行くとかマジウケるんだけど」と笑いながら娘たちはお会計を済ませ、「お姉さんまたねー」と帰っていきました。

気が付くと店内は、ほぼ満席で、男とか女とか女装とか男の娘とかそんな言葉では溢れてしまうような、なんというか欲望みたいなものたちがうごめいておりました。そこにはヒエラルキーなんて存在しなくてそれぞれの好きのかたちがあるだけでした。

終電の時間が近づいてきました。

つけまってどう外せばいいんだろう。

最後にそれだけ、天女さんに伺おうと思いました。