決戦~後編~
というわけでカウンセリング当日に初回のヒゲ脱毛を受けることになった僕。
待合では口元を赤くされている方やマスクで覆っていらっしゃる方を多く見かけました。複数ある施術室の扉の向こうではいったいどんな苦行が行われているのか。
答えでもない本当でもない信じてるのは胸のドキドキ胸のドキドキだけという気分でそのときを待ちました。
廊下の奥から小柄な看護師さんが現れました。
「8番。○○さん。こちらへお入りください」
番号があるのに結局名前呼ぶんかいと思いながら、その看護師さんの後について施術室に入りました。
「お荷物どうぞそちらのカゴに入れてください。あっ同じカバンだ。私その白持ってますよ」
そんな看護師さんのアイスブレイク的な言葉も全く耳に入らないまま、僕は靴を脱いで施術台に仰向けになりました。
天井の照明がやけに眩しかったことと何だかオリエンタルなBGMがかかっていたことを記憶しております。
「看護師の○○と申します。脱毛は初めてですか?」
「はい」
「緊張してますよね。大丈夫ですよ。時間はたっぷりありますから。しっかり麻酔を使いながらやっていきましょう」
看護師さんはマスクをされていましたが、そのやさしさ溢れる眼差しとお言葉に追加料金をペイペイしたくなりました。
脱毛器や麻酔器の説明があり、いよいよ笑気麻酔と呼ばれるものが鼻に当てがわれました。
「鼻でゆっくり深呼吸してください。少しずつふわふわした感じがしてきますから。お酒で酔ったような感じですかね。手足がしびれるような感覚にもなりますがそれは麻酔が効いている証拠なので問題ないですよ」
藁にもすがる思いで鼻呼吸を繰り返しました。しかし意識はクリアなまま。
「どうですか?」
「特に……」
「お酒は強いほうですか? 麻酔が効きすぎると、施術台からずり落ちそうな感覚になる人もいるんですが。少し濃度を上げましょうか?」
「はい……」
機械のモーター音が上がり、鼻に取り付けられた器具から出てくる気体の量がぐんと増えました。
あら? なんか浮かんでるような。酔っぱらってるような。春はあけぼのてきな。
「どうですか?」
「いい感じです……」
「じゃあこの濃度で進め行きますね」
「はい」
ふわふわと水の上に浮いているような気分の中、看護師さんが何やら準備を進める音が聞こえます。
「どうしてヒゲ脱毛しようと思われたんですか?」
ここでお姉さんからまさかのクリティカルな質問。
僕はこのお姉さんになら本当のことを、ずっと女の子に憧れていたことについて話をしてみたいと思ったのですが、ちゃんと答えようとすると意識が戻ってきて、意識を戻してしまうと、この後の痛みがひどくなるんじゃないかとかそんなことを考えながら、
「ヒゲが……」
「ヒゲが?」
「キライ」
とだけ答えました。
お姉さんは僕の小学生みたいな返答を笑顔でのみ込むと「そうですか。じゃあ頑張ってすっかりキレイにしましょうね」と言いました。黒衣の天使だと思いました。
「はじめはアゴまわりからいきますね」
ついにレーザー照射のときがやってきました。
冷たいジェルを塗りたくられて、レジのバーコードをスキャンするピッみたいな奴をお姉さんは僕のアゴまわりに押し当ててきました。
なんだかじわーんと熱を感じた後に、
「ピピピ」と音がしました。
え? やったの? 全然痛くないじゃん。
そう思ったのもつかの間、機械がアゴ先に近づくにつれて、
「ピピピピ」
いた! え? 痛い痛い! 痛いよ!
打撃系の痛みと燃焼系の痛みが交互にやってきやがる。
ビンタされたあとにすぐぎゅっとつねられる感じ。
それがめちゃ細かく連続でくる感じでした。
「あと一往復で終わりですよ」
やだー。「ピピピ」 ぎゃー。
その後、頬や鼻下も同じ工程を繰り返しました。ちなみに鼻下がいちばん痛みが強かったです。
僕は脇汗びっしょりで、ずっと心の中でかんにんしてつかーさいって叫んでいました。
この苦行を乗り越えられたのも全て優しい看護師さんの声がけがあったからです。
「もうすぐ終わりますよ」「痛いですよね。頑張りましょう」
途中からお産をしているような気分になりました(すべてのお母さんすいません。もっと痛いですよね)
施術後、ほとんど涙目の僕は解放感と、ずっとコンプレックスだったヒゲに対して一矢報いることができた達成感とで何だか気分が高まってしまい、「○○さん。初めての脱毛が○○さんで本当によかったです。安心できました」と言うと、
「そんなこと言ってもらえてうれしいです。これで後一年はこの仕事続けられます」と看護師さんも涙目で仰ってくれました。そのまま二人で抜け出してタピりたくなりました。
受付で支払いを済ませて次回の予約を取りました。
予約はなんと二ヵ月先。毛周期の関係で施術間隔は8週から12週空けなければいけないとのことでした。しかも脱毛が完了するには2年から3年かかるとのこと。
おヒゲでお悩みの方、メールの返信とヒゲ脱毛は早ければ早いほどいいですよ!