イエスタデイ

さっきからずっと

昨日のラインのやりとりばっかり

繰り返し見ている

 

同じように見返していないかな

映画とか小説みたいに 

あの人のこと覗けたらいいのに

 

昨日は本当に一生で一度みたいな出会いだった

私の方が好きになったからラインは私で終わっているのかな

昨日のことが消えてなくならないように

何でもいいからラインに送りたい

先に送った方が負けでもいいから送りたい

 

たくさん喋ったのに

つっこみついでに触れたりもしたのに

写真とか動画とか撮らなかったから

あの人の顔がよく思い出せない

あーどんどん好きな顔になっていく

ラインの文字見るしかない

 

同じこと考えていないかな

あっちから送ってこないかな

もうすぐ今日終わっちゃうぞ

昨日のことがまた遠くなっちゃうぞ

 

話したこと片っ端から思い出して

送れることないか考えている

昨日が遠くならないように

消えないように

本当に本当に素敵な一日だったから

 

 

東京

 

高田馬場駅で地下鉄から西武線に乗り換えるため階段を上る。

いつもより人が多くて、なかなか地上に辿り着かない。

やっと上り終えたところで長蛇の列。人身事故の影響でダイヤが乱れているといった内容のアナウンスが耳に入ってくる。

「ハァー、仕事が早く終わった日に限って……」

紗季はスマホをいじりながら独りごちた。

大人しく改札へと続く列に加わる。

「また人身事故だって。何時に帰れるかわからんわ」

隣のおばさんが携帯で状況報告をしている。

紗季も誰かに伝えたいが特定の相手がいないため、スマホで日記アプリを開き、一足先に今日の出来事をしたためる。

会社いく。また二日酔い。『蒼穹の昴』上巻の半分まで読み終わる。おもろいけど文庫版もあったみたい。重い。上司から追加の素材頼まれる。しかも今日中だって。最初から言えタコ。忘れてたとかわけわからんし。先方に依頼。なんで私が謝らなあかんの。でもちゃんと夕方には用意する私。

そこまで打ったところで、別の改札付近で外国人と駅員がもめているのが目に入る。

「ここからは入場できません!あちらの列に並んでください」

勝手に頭の中で翻訳してみる。列はラインだけど並ぶってなんだっけ。

改札でICカードをタッチする。ホームまではまだ遠い。紗季は日記の続きに戻る。

ランチはカフェで食べた。今日の日替わりは『プルコギ定食』。料理を待っている間に置いてあった梅佳代さんの写真集を読む。また写真やってみるか。プルコギは少ししょっぱい。

やっとホームに着くともはや列は消滅していて、黄色い線ギリギリまで人がすし詰め状態。

三分おきにやってくる電車たちが人で出来た黒い塊の側面をガリガリ食べているみたい。

塊の側面がどんどん紗季に近づいてくる。

「降りるお客様を先にお通しください!」

「危ないって」

「黄色い線まで下がってください!」

「マジで死ぬ」

「次の電車にお乗りください!」

「キャー」

電車が到着するたびに、駅員の注意喚起と乗客の悲鳴が錯綜する。

紗季はスマホを握ったままショルダーバックを胸の前で抱え込んだ。

「おい、次乗るぞ。はぐれんな」

「みんなで腕組もうや」

「東京マジはんぱねぇな」

紗季の前に並ぶスーツ姿の男三人組が作戦会議をしている。

「きた」

「やった急行だって」

「勝負じゃ」

警報音と共に黄色い電車がホームに入ってくる。

ぐわんぐわんと塊がうねるように動く。

「いけ」

「勝った」

「腰折れる」

紗季も三人の勢いに便乗してうまく電車の腹の中に納まった。

「キャー!」

女子高生の悲鳴が車内に響き渡る。

「下がってください!」

「次の電車をご利用ください!」

「怪我された方はいませんか?」

先程とは違う警報音が鳴り、のそのそと電車が進み出す。

静まり返る車内には無関心が充満する。

「東京って毎日これなの?」

「まじウケるな」

「てかもう9時だし。明日は朝何時だっけ?」

「8時集合」

周囲を気にせず大声で話す三人組はよく見ると茶髪で、スーツも着慣れていない様子。

「毎日こんな感じっすか?」

三人組に挟まれた大人しそうな学生風の男が絡まれる。

「僕もこの春から上京してきたんで」

「マジっすか?大学っすか?どこっすか?」

「早稲田です」

「やばーちょー頭いいじゃん」

「早稲田ですとか言ってみてぇ」

若者の会話に耳を傾けながら紗季は負担の少ない体勢を探す。既に胸も尻も潰されている。

「それで早稲田君は童貞?」

「いきなりそれ聞く?ウケる」

「童貞です」とあっさり答える学生。

「マジ?勉強ばっかりやってるからやん」

「よしこれから風俗行こう!」

「遠慮しときます。怖いです」

日本の将来を憂いながら紗季は日記に戻る。

早めに会社出れたのに、西武線が人身事故。結局家着くのはいつもと同じくらい。

にしても男はアホばっかり。ただいま満員電車の中でしょうもない会話聞かされてる。

「早稲田君地元どこ?」

「石川です」

フリック入力をしていた紗季の親指が一瞬止まる。

「おっ近いな。俺ら新潟、明日まで研修でこっちにいるんよ」

「早稲田君とにかく勉強よりもはよ童貞卒業せんと」

「ほんとほんと、石川ってブスばっかりやったっけ?」

「そんなことないですけど」

紗季の指が激しく動き出す。早稲田!殺せ!こいつら殺せ!

「とにかくマジで気持ちーから」

早稲田言ってやれ!お前らみたいなアホは一生早稲田なんて入れんわって言ってやれ!

「僕なんて一生童貞ですよ。ていうか皆さん雰囲気ありますね。めっちゃモテるんじゃないですか?」

どんだけ大人やねん早稲田!受験勉強ってどんだけ凄いねん!

「そんなこと……あるよ笑」

殺せ!こいつ殺せ!

電車が速度を落とし、田無に到着する。

「じゃあ僕ここなんで、東京楽しんでください」

笑顔で手を振りながら降りていく学生。

「早稲田君がんばれよー!」

「童貞頑張れー!」

ドアが閉まり、また電車が進み出す。

「誰やしアイツ、まじウケるな」

高笑いする三人組の後ろで、

よう耐えたな早稲田。お前は同郷の誇りじゃ。

そう入力して紗季はスマホをバックにしまった。

 

 

令和と男と女

 

とにかく好きな格好をしたい。

田中美保ちゃんみたいなボブスタイルで、いい匂いがするツヤツヤの髪。

白くてプルプルとした触れたくなるような肌。

マーガレットハウエルの服。

カンペールの靴。

イルビゾンテの鞄。

 

男の僕がやったら女装かしら。

でも女の子になりたいんじゃなくて好きな格好をしたいだけなのだ。

 

男は青、女はピンク。

男は外で稼ぐ、女は家を守る。

男は出世する、女は子どもを産む。

男は重い物を持つ、女は食事を取り分ける。

男は黙る、女は喋る。

男が決める、女が許す。

そんなそんな他人の為の男と女の時代はとっくに終わっている。

 

令和の新時代、男と女の境界線はもっと曖昧になる。

ほっといたら誰も自発的に恋愛なんかしなくなって、恋愛の仕方を学校の授業で教えるとかそんな時代。

それでも生物学的な男と女の差異はなくならないし、いずれにせよ人類は子孫繁栄を最優先事項にするだろから、令和の時代の男と女の関係がどうなるか楽しみで仕方がない。

 

ジェンダーレス、ジェンダーフリー、LGBTQ、どれもしっくりこない。

言葉にしてしまうと、本当にもったいない。

 

令和の時代の男と女を、虚構と現実の両方で楽しもうと思います。

 

今夜このまま

二次会は公園。

さきほどから大きな身振り手振りでくだらないことばかり話しているこいつが今夜の私の相手になるのかしら。

空の闇は十分に濃いのに、近くの電灯が私たちを煌々と照らしているから、男の口から飛び出す唾がいちいち光る。

一次会の居酒屋で飲み過ぎていた小太りの男がベンチで転がっているため、私はパンプスを脱いで地べたに座っている。おろしたてのスカートを越えてちくちくと尻を刺してくる芝生の感触に耐えながら男の話が早く本題に入ることを願っている。

「そう思わない?」

「うん、本当にそう思う」

男の視線が私の足に留まる。蒸れてるから恥ずかしい。脱いだらキクラゲみたいになるこの靴下はいつから流行り出したんだっけ。

男は缶ビールを持つとベンチの前に座り込み小太りの頬をぺしぺしと叩き始めた。男の広い背中を見つめながらこいつはゲイじゃないかと疑ってみる。サキが最初から気に入っていた眼鏡の男とコンビニに行ってから既に15分は経っている。小太りはずっとあのままだし、私の連絡先を聞いて、ホテルに誘うタイミングは絶賛継続中なのに。頭の中がやたらエロくなっているのは私だけなのか。

一方的に小太りにちょっかいを出している男から視線を上に移していく。闇の中一年ぶりの満開の桜。毎年こんなに白かった? って思う。春の雪のよう。

足を投げ出して生ぬるくなった缶ビールをあおる。桜が風に揺れて他のグループの笑い声が届く。ベンチの上で小太りが器用に寝返りを打ち私たちに丸い背を向ける。私は意味も分からず春うららと呟いてみる。

男がこちらに戻ってきて私の隣にどかっと座る。すかさずビールで唇を湿らせる。無言で桜を眺めているので私もそれに従う。小太りの背中が見えなければ言うことないのに。

芝生に置かれたごつごつとした手にそっと指を触れてみる。冷たくも温かくもなかった。重ねてみる。

「居酒屋で話してた話」

「え?」

慌てて手を引く。

「夢の中で、幼馴染と学生時代の友達が夢の競演を果たしたって話」

「あぁ。覚えてたんだ」

「俺も前にあった。俺の場合、まさかの元カノ同士の共演。すげー仲良くて二人でパフィー歌ってやがんの」

私は笑いながら今度は私も参加して二人と一緒にパフュームでも歌ってやろうと思った。夢ならちゃんと踊れそう。

そしてもう一度男の手に触れた。

「今夜このまま……」と言いかけたところで、小太りがベンチからずり落ちて、背後から私を名前を呼ぶサキの声が聞こえた。

 

 

今夜でおしまい

 

好きに呼ばれて

この街に来たけど

肌がこわいって叫んだ

どうした まだやれるぞって

振り向いても 言ってくれる人はいなかった

なりたい あいつ たいせつな あいつ

全部捨てたら何が残る

って全部捨てる勇気なんてない

電車の窓 自分の顔 超ブス

どんどんブス

止まらないブス 各停じゃなくて急行ブス

ひとつ前で降りてみようかな

歩いて帰るわけじゃなくて

TSUTAYAによるため

結局面白いのは 他人の物語

孤独 ひたすら孤独

いくらでも周りに人はいるのに

私 ひとり

長い夜に ひとり

もうおしまい 感じるの 今夜でおしまい

 

 

 

XXは女、XYは男、XYZは……。

 

XXは女で、XYが男。

たったそれだけの違い。

なんだかXXの方が男っぽい気がするけど、XXは女。

XYZはシティーハンター。蛇足。

 

日本ではダメだけど、海外では遺伝子操作で男女の産み分けをやっている国もあるらしい。

春みたいな青空の公園で子どもと本気で遊んでるお母さんを見て、やっぱり女になりたいと思った。

自分以外は他者。圧倒的他者。性別、年代、国籍、肌の色、障害、宗教、属性は関係なく他者は他者。セックスしたって100%のコミュニケートはできない。あなたは絶対に他者。

そんな他者を自らの股から作り出す女。

なんじゃそりゃ。

羨望。圧倒的な羨望。

だれかが書いてたけど、息子のウンチは自分のウンチに思えるんだって。

なんじゃそりゃ。

あこがれる。その感覚、感じたい。

子育てという仕事。

会議も通勤もノルマも作り笑いもない仕事。

憧れる。それこそ僕の天職じゃないかしら。

 

別に子どもができなくてもいいんだよ。

まず化粧。毎朝アート、表現活動、最高じゃん。

ヒゲそりの100倍楽しいだろ。

そしてお洒落。雑誌読め!青山行け!女のファッションのバリエーション!

男の1000倍ワクワクするわ!

そんで生理。

なんじゃそれ。

生理…生きる理由? 海とか月とかと勝手につながりやがって、いろいろ大変なんだろうけど、男の朝起ちなんかよりよほど神秘的やん。

 

だけど。

んなこと言いつつ、女になるならとびっきり可愛い女になりたい。

そんなくそみたいな僕。

たぶん僕の遺伝子はXYZ。

もっこり。

 

『素顔の岡村隆史』本多正識

 

僕は岡村さんに憧れてお笑い芸人を目指していた時期がある。

お笑いの文化なんてこれっぽっちもない田舎の都道府県から、高校卒業後、ひとり大阪に出てNSCに入学した。ダウンタウンさんが1期生、ナインティナインさんが9期生、僕は今人気の和牛やかまいたちと同じ26期生。『素顔の岡村隆史』の著者、本多先生の授業も、もちろん受けたことがある。

岡村さんは本多先生に見出され、お笑いの世界で天下を取り、今もなお第一線でテレビの中にいる。

僕はというとネタ見せで本多先生に何を言われたのかも覚えていないし、あれだけ天下を取る、岡村さんになると意気込んで地元を出たにもかかわらず、すぐに夢をあきらめてしまい、今は何とも表現しづらい気持ちで和牛やかまいたちの活躍をテレビの外で見守っている。

もちろん岡村さんのケースが超少数派で、僕みたいな奴らはテレビの外にいっぱいいて、ましてや芸人になりたくても挑戦する勇気や環境がなかった人たちはたぶんもっともっとたくさんいるはずだ。

 

一応僕にだって一度だけ漫才の舞台でウケた経験がある。

これまで30年以上生きてきた中で、あの3分間が一番ワクワクした。

僕が面白いと思ったことを体と言葉で表現して、それに合わせて目の前のお客さんが笑う。たったそれだけなんだけど、あの3分間はめちゃくちゃに感動して細胞レベルで震えた。

岡村さんはそんなことを22年間めちゃイケでやったし、チビノリダーもやったし、さんまさんと今夜も眠れないもやったし、タモリさんと料理作ったし、たけしさんに車壊されたし、鶴瓶さんと志村さんとボーリングやってるし、何でか、モーニング娘SMAPEXILEに交じって舞台の上で踊ってたし。これまでいったいどれだけ震えたんやろって思う。それでもテレビの外では人間不信や面白いことに対する重圧や責任感で真っ白になってしまった岡村さん。

夢を叶えること、成功することで見える美しい景色、醜い現実はやっぱりその山に登ってみないと分からんのやろうと思う。

今後僕がもう一度岡村さんを目指してお笑いをやることはないし、職場のみんなをごっつ笑わしたろうと意気込んで会社に行くこともない。

僕がお笑いをやっていた過去もこうして時々思い出したり、人に話したりしないと本当はなかったんじゃないかと思えるくらい遠くに感じる。

それでも岡村さんのおかげで僕はあの3分間を経験出来たし、一つのことには計り知れないほどのレイヤーがあることを知った。

今しんどい人に世の中もっと面白いんやでって、本当は笑いで伝えたかったけど、それはこれからも岡村さんに任せて、僕は僕のやり方で周りに笑顔を増やしていこうと思うのです。